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旅: 「東海道・山陽道」 第七節

彦根 → 野州 → 京都 → 京都観光 → 山崎

三十四 琵琶湖近江大橋を渡り休憩す

 二月の空は晴れ、琵琶湖の湖水は和らいで、白い鴎はさざ波に浮かんで身をまかせている。
 私は友と比良山の雪景色をずうーっと見ながら歩いて来た。今、美しい岸辺に体を休めて旅の思いに心はもう充分に満たされた……。

三十五 京都三条大橋に到る

吟友は鴨川の東、三条の大橋のたもとで私を迎えてくれた。千里もの長旅もいよいよ終わりだ。
 欄干によって見ると、おりしも京都の町がうっすらと夕霞みに掩われ、セピア色に包まれていた。私はその中で自ずと感慨がこみ上げるのだった。

三十六の一 新島襄先生墓前に作有り

新島襄先生はこの若王子山に眠っておられる。墓のほとりは清玄として木々の緑が素晴らしい。
 感動してならないのは先生のすぐれた徳風が、ご自身で詠まれた「寒梅」そのものであるし、人生を通して仁愛の受け答えが太平洋の波を越えてなされたことだ。

三十六の二 新島襄先生海外渡航の地碑を拝して作有り

ここから、かって新島襄が密航したという函館港に来てみれば、 それを記念に建てられた石碑の辺には潮の香りが芳しい。
英髦(えいぼう)何(いずれ)の処(ところ)ぞ 白雲(はくうん)長(なが)し かのすぐれた若者の姿は何れの処ぞと偲べば、白雲が遠く海の彼方に浮かんでいる。
緬思(めんし)す気鋭(きえい)の 邦(くに)を興(おこ)すの志(こころざし)  脱藩、密航といった二つの罪を犯してまで、国を興す志を貫いた事を遙かに思いながら、聊爾(りょうじ)呻吟(しんぎん)すれば 便(すなわ)ち自(おの)ずから狂(きょう)す      ふと低い声で吟じだしたが、すぐに自然と心がおごり高ぶってきた。

三十六の三 新島旧宅を訪ねて感有り

庭の木々は清閑として緑の葉陰が帷(とばり)をなし、家(いえ)は俊賢(しゅんけん)の帰(かえ)るを 空(むな)しく待(ま)つが如(ごと)し 家は新島襄の帰りを空しく待っているかのようだ。人生(じんせい)限(かぎ)り有(あ)り 名(な)は尽(つ)くる無(な)し 人生には限りがあり、名声は尽きることがない。国(くに)を脱(だっ)し邦(くに)に報(むく)いる 雄志(ゆうし) 飛(と)ぶ 脱藩・密航してまでも報国した、雄々しい志が大空を飛んでいる。

三十七 詩仙堂に遊ぶ

ここは石川丈山が座った所であるが庭をながめると一面に奥深い味わいがある。木々の緑、清らかな庭の砂は人の目を洗う。
 遠くから旅してきた私は心がさっぱりとした気分になり、庭の趣きに乗じて、しばらく吟じたが心は更に悠々とした心持ちになった。

三十八 寺田屋にて作有り

多くの血を流した幕末回天の事業からは時が長く過ぎてしまった。ここ寺田屋の、昔をしのぶ庭にまつられる祠は何と感を深くすることであろうか。
 若者達は頻繁にこの寺田屋を訪ねているが、重ねがさねその若者達が口惜しんでいるのは、「竜馬のような人物が今の世の中にいない」ということだ。

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