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漢詩で綴る旅だ
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東海道・山陽道 > 第五節 > 二十一の一 天龍川に到る

旅: 「東海道・山陽道」 第五節

静岡→藤枝→榛原→掛川→磐田→弁天島→豊橋→岡崎・世尊寺→知立→名古屋・熱田→一宮→木曽川

二十一の一 天龍川に到る

o滂渤…水がさかんに流れる様。
o湍声…水が激しく流れる音
o駑駘…のろま。愚か者、作者のこと。

詩意

みどりなす流れはさかんに、この天竜は何れの処より流れてきたのか。
激しく流れる水の音はやむことはなく、私はただ見つめて立ちつくすばかりだ。
 

解説

 八月九日掛川よりいつものように朝四時にホテルを発つ。
同心橋をわたって袋井(ふくろい)の宿(しゅく)に入るとやっと朝焼けの空となる。
ここらは旧東海道が保存され、楽しませてくれる。
 宿場を出た所で三河岳精会遠州教場の伊藤さんご夫妻が合流した。
ご主人が車で先行し休憩地で何かと大変なお世話をいただいくことになる。
 前日は榛原から牧ノ原を道に迷いながら菊川経由で掛川にやっと辿り着いたが、町の入り口に同じく伊藤さんと紀野さんが迎えてくれた。
長行程だったが冷えたおしぼりや果物など差し出されて元気が出たものだ。

 さて、この日も長い行程である。
太田川を渡り旧道の緑の木陰で休息する。
休息のたびに冷たいおしぼりや果物がでた。
見付天神や日本最初の小学校である見付小学校など道筋で案内される。
磐田市役所で昼食をとり、磐田駅で家吉・池田の両氏が別れ帰った。

 我々は東海道から再び離れ、三河岳精会遠州教場がある竜洋町へ向かう。
竜洋町は天竜川の河口にある。
磐田の見渡す限り平らな田園地帯を日に照らされながら黙々と歩いた。
 目も乾いているのか、小さな水道でも水が流れていると必ず目をやる。
魚でもいれば何故か気色ばむ。子供にもどったように。

 やがて磐田から南へひたすら歩いた道を、やおら南西に曲り、竜王町の家が建ち並んだ所を通り抜けると、川の堤の道に出た。
 やっと天竜川まで来たのだ。
 

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