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漢詩で綴る旅だ
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東海道・山陽道 > 第五節 > 二十六 熱田神宮にて会詩を吟ず

旅: 「東海道・山陽道」 第五節

静岡→藤枝→榛原→掛川→磐田→弁天島→豊橋→岡崎・世尊寺→知立→名古屋・熱田→一宮→木曽川

二十六 熱田神宮にて会詩を吟ず

o平成十二年八月十四日、知立より到着し、柿ヶ野龍圓瑞穂支部長のお世話により熱田神宮の垣内参拝を許され、そこで会詩を吟じ奉納とした。
o森森…樹木がさかんにしげるさま。
o詞韻…ことばのひびき。
o儼…おごそか。

 

詩意

 ここ熱田神宮はこんもりと茂る松柏が世俗の世界を断っている。それにしても神宮の参拝者は多いのにどうしてざわつかず粛然たる雰囲気なのか?
  我々は垣内参拝をして会詩を高らかに合吟した。すると、ことさらに詩句の意味する厳かさが限りないものに感ぜられた。

 

解説

 旅も大詰めを迎えた。鳴海(なるみ)の方へ旧街道を急ぐ。
有松(ありまつ)鳴海絞(なるみしぼり)の有松を通り、誓願寺を経て笠寺観音(かさでらかんのん)に着いたのはまだ午前十一時だった。
ここに奥本氏が合流した。関東からは青山・坂井・松原氏と五人が揃う。

 そして旧道より国道一号線を渡って午後一時半、熱田に入る。
ついに来た。
こんもりと茂る森を見て、はるばる歩いてきた感を深くして鳥居をくぐった。
熱田さんは相変わらず訪問者が多い。

 名古屋岳精会の冨岡精吟会長はじめ、名古屋や瑞穂の人達が三々五々集まって迎えてくれた。
ここで瑞穂支部の柿ヶ野龍圓支部長が神宮に取り計らってくれ、垣内参拝をする。
垣内参拝とは、一般の人が参拝する拝殿の垣根の内にはいることを意味する。

 柿ヶ野先生仰るには、このような時は大勢で歌うのでなく、代表が一人、奉納するものらしい。
「会詩」を吟ずることにした。
責任重大だが、これに勝る適当な詩はない。
皆さんは私の後ろに整列して聴いていただくことにした。
さて吟題を唱え、(吟の~・極地は~)よし、一気に行こうと思った矢先、(真善美に……)と皆さんが続いて見事な合吟になった。
皆さんも緊張していたのか打ち合わせとは関係なく、日頃の会詩合吟になったのだ。
しかし、神様もこの合吟を咎めることはないだろう。
私は清清とした気持ちで会詩を吟じ味わった。

 皆さんのご協力、ご助力で名古屋まで歩いてこられたことにうれしさがこみ上げてきた。
 

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