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東海道・山陽道 > 第七節 > 三十七 詩仙堂に遊ぶ

旅: 「東海道・山陽道」 第七節

彦根 → 野州 → 京都 → 京都観光 → 山崎

三十七 詩仙堂に遊ぶ

o詩仙堂…石川丈山の京都一乗寺村(左京区一乗寺小谷町)での山荘。狩野探幽に漢・魏から唐・宋に至るまでの詩家三十六人の像を写さしめ、これに詩を賛して長押にかけ並べている。
開け放たれた畳敷きの部屋からは、山の傾斜を背景に、端正に手入れされた緑と白砂の庭が美しい。
o古人…石川丈山。

o幽…奥深い。

o放眸…見開いたひとみ。

o遠客…遠くからの旅人。作者。

o機を忘る…欲念を忘れて心がさっぱりする。

o風韻…みやびやかなおもむき。

o暫時…しばらくの間。

o長嘯…声を長くのばして詩を吟ずる。

o悠々…遠く遙かなさま。

詩意

ここは石川丈山が座った所であるが庭をながめると一面に奥深い味わいがある。木々の緑、清らかな庭の砂は人の目を洗う。
 遠くから旅してきた私は心がさっぱりとした気分になり、庭の趣きに乗じて、しばらく吟じたが心は更に悠々とした心持ちになった。

解説

若王子山をくだり、更に北に向かった処に詩仙堂はあった。
「一乗寺下り松」が柵の中にまつられてあった。宮本武蔵の決闘の地である。
こんな所に詩仙堂はあったのか。映画で見る決闘の場面は荒涼とした景色である。

 その下に和菓子屋があって、遅れた人たちを待とうと休息することにした。
店のご夫婦が我々に興味を示し、横浜から歩いてきたことにいたく感心してくれた。
そこで一吟、壁に貼ってあるチラシにある文言を詠ずる。
「花さしき 寺あればこそ 鐘がなる」
 
店の人はかわいい袋にお菓子を入れて、それを呉れた。
「うわー、どうもどうも、有り難うございます」
小さい頃、隣のお菓子屋さんで歌をうたったらお菓子を呉れたのを思い出した。

 詩仙堂に入ると、開け放たれた畳敷きの部屋からは、山の傾斜を背景に、端正に手入れされた緑と白砂の庭が美しい。
庭におりてみると又良い。それぞれに吟じた。
私も「富士山・石川丈山」に飽きたらず「会詩」を吟じたが、趣のある庭に一層満足な快さを感じた。

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