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漢詩で綴る旅だ
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東海道・山陽道 > 第九節 > 四十五 社友を募らんと欲して一日青山氏の故郷に遨ぶ

旅: 「東海道・山陽道」 第九節

姫路 → 相生 → 備前 → 岡山 → 長船

四十五 社友を募らんと欲して一日青山氏の故郷に遨ぶ

o陶工刀匠…備前焼、長船の名刀の作家。

o千秋…長い年月。

o閑舒…しずか、おだやか。

o故丘…故郷。

o分明…あきらか。

o一霎…短い時間。

o良儔…良い友。

詩意

 備前焼と長船の刀の匠(たくみ)はともに古い歴史を持って有名であるし、山の景色はおだやかなたたずまいの中にある。それが君の故郷である。
 一日中、君の案内で一緒に家々を訪ね、どれだけ吟じたろうか。
はっきり言えることは、今日一日という短い時間の中で、あふれるほどの良き友に出会えたと言うことである。(これは言わば君の人徳の成すところだ。)

解説

 平成十三年七月は第九節の旅は終了し、青山さんは家に帰り、私はホテルに泊まる。
明けて二十二日、改めて、初めて青山さんの家に遊ぶことにした。
 前日渡った川や田園風景を見ながらローカル線に乗って、長船に向かった。
小さな駅で青山さんが迎えてくれた。

 広がる田圃を通り抜け、平らな山の裾に家が立ち並んでいるところが在所であった。
 御尊父と奥さんに挨拶した。
今は独りになられた御尊父と一緒に住まう為に青山夫妻は帰ったのである。
こちらでは、早速テニスでは優勝し、パソコン関係の会社は立ち上げるは、地域住民の為に奉仕活動をするはで中々忙しいようである。何よりも人は彼の人柄を慕っている。
 その彼に、吟の教場を立ち上げることを要望した。

 そんな意味をこめて、長船で吟じることになった。
町の集会所には御尊父が模造紙に大書した「名槍日本号」が張り出してあった。
黒住教の教会所ではさっそく吟をやろうじゃないかという声が、私の前で交わされた。
 備前焼の若手作家池内さん宅へ案内された。
燃料用の赤松の為に、山に住み込んでいるらしい。
生活自体が世間離れしているようで何やら魅力に思った。
 最後は夕食会に川辺のうどん屋。
そこには青山さんがメール交換している仲間が集まっていた。
ひとしきり語り合った後、また一吟。
先程の模造紙を青山さんが開いた。

 何故「名槍日本号」かというと、
長船のやや南に福岡という地名がある。今の福岡県に移封された黒田武士の里である。
よって「黒田節」は当地の歌でもあるのだった。

 その三年後、多忙な彼はやっと教場を立ち上げた。
素晴らしい教場になるだろうと思った。
しかし今では思いがけないことになったがここでは述べない

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