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漢詩で綴る旅だ
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東海道・山陽道 > 第十節 > 四十九 旅衣偶感

旅: 「東海道・山陽道」 第十節

岡山 → 倉敷 → 福山 → 尾道 → 本郷 → 西条 → 広島 → 宮島口 → 岩国 → 熊毛 → 新南陽 → 小郡 → 厚狭 → 門司港 → 八幡 → 帰宅

四十九 旅衣偶感

o陸続…続いてたえない様。

o喧轟…やかましく響きわたる。

o車軌…車の通る道。

o風塵…砂ほこり。旅中の苦しみ。

o客裏…旅の中。

o安行…心に安んじて行う。ゆるゆると行く。

o清浄…清らかで汚れがない。

o製裁…材料を加工して物品をつくる。

詩意

次から次にゴーゴーと響き渡る車の騒音はわが身を圧するようで、山陽の車の通る道を難儀しながら歩いている。
 しかし、だからこそ伝えよう。お陰様で旅中安全無事であることを。清らかで汚れのない法衣のような旅衣を作ってくれたあの人に。

解説

旅衣を作って良かった。御礼の気持ちをこめて拙詩を作った。
 名古屋時代に、自宅から豊田の吟友の在所まで片道二十三キロを歩いて往復した事がある。
その時、道が歩く為にではなく車の為に出来ていると言う事を思い知らされた。
とてもあぶなくってしょうがなかったのである。
 これは、もし歩き旅をするとしたら何か備えが必要だぞと、その時思った。
それが旅衣である。
と、振り返ってみると私は随分前からこんな旅を一人考えていたことが解る。

 尾道から三原市に入ると川をさかのぼり、本郷に入り一泊、そして西条へ。
本郷・西条は随分内陸に入っている。
山道では森の木立の中にひぐらしの声を聞いた。
 西条から十五キロほど西に向かったら、一気に南西に下って広島に向かうことになる。
ほぼ一直線に走っているのが新山陽道である。
車はスピードに乗って頻繁に通る。

道の左側を歩いたが、後ろから追い越す車にあれっと気付いた。
何と中央線を大きくはみ出して追い越して行くではないか。
対向車があっても十分間を開けて走ってゆく。
ここに限ったことではないが、道中の安全は白い旅衣のおかげと思った。

 ドライブインがある。屋号は「√2」(ルート2と読む)。
何のことかと思ったら、ここは国道2号線である。
 そこの大将が我々にいたく興味を示してくれた。
「野の仏」を吟じた。
お勘定を済ますと、彼はお茶のボトルを一本ずつもって行けという。
こんな思いつきを実行に移している私に、羨ましい気持ちと激励を露わにした。
私と同じ年だった。 

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