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漢詩で綴る旅だ
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東海道・山陽道 > 第十節 > 六十七 龍吟堂

旅: 「東海道・山陽道」 第十節

岡山 → 倉敷 → 福山 → 尾道 → 本郷 → 西条 → 広島 → 宮島口 → 岩国 → 熊毛 → 新南陽 → 小郡 → 厚狭 → 門司港 → 八幡 → 帰宅

六十七 龍吟堂

〇人・・・原先生

〇大良・・・台良町

〇塵を払い・・・原先生作、吟魂碑に(世塵を絶し)とある

〇雪霜・・・霜雪。心が潔白で厳しいたとえ

〇錦楓・・・龍吟堂は秋の紅葉が見事

〇碑・・・吟魂碑

〇素魄・・・梅の花

〇逸詩・・・新島襄作 「寒梅」

〇灑灑・・・清く明るい様

〇襟情・・・胸の内にある感情

詩意

吟友は先生を尊んで八幡は台良町の龍吟堂に集い、道場には岳精流の吟が響きわたった。

世の汚れを払い、友と杯を交わし、花月を愛で、教本を繙いては賢人に親しみ、心の清く厳しい人を慕った。池の畔の紅葉は清い水面に映え、吟魂碑の梅の意味は新島襄の「寒梅」に彰かである。この龍吟堂の風光は清らかに明るく、四季それぞれの趣がある。それに増して、師弟の心情はさらに永久に香しいのである。

解説

「聖地の龍庭世塵を絶す」龍吟堂は聖地である。それはその住人である先生を含めての意味がある。

外科病院のご自宅で始まった吟のご指導は本格的になると先生の別邸に移された。龍吟堂と名付けられた。北九州岳精会が十年目を迎える時、吟魂碑が建立された。後に私が転勤によって北九州を去った時、   君の好きな「寒梅」に因んで梅の古木を吟魂碑の横に植えたよ    と仰った。

秋には庭を被わんばかりの紅葉が真っ盛りになる。とても鮮やかで心まで染められるようだ。龍吟堂の中で、或いは庭で限りない思い出を作った。吟じても、酒を酌み交わしても我々の聖地だ。

始めの頃、宗家(現家元)が訪ねられ、この庭に下駄履きで出られた時、 「いやーいいな、皆さんこの庭には何かがあるよ、それを感じなければダメだよ」 と言われた事が忘れられない。

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